転籍と出向の違いは? 会社側のメリット、手続きの注意点を解説
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2022年度に大阪府内の総合労働相談コーナーに寄せられた民事上の個別労働紛争に係る相談は2万5854件で、そのうち出向配置転換に関するものは810件でした。
「転籍」と「出向」は、いずれも従業員を別の会社で働かせる人事異動です。しかし、転籍と出向は法的な位置づけが大きく異なります。会社においては、転籍と出向の法的性質を正しく理解した上で、それぞれを使い分けることが大切です。
本記事では転籍と出向の違いや、会社が従業員を転籍・出向させる際の注意点などをベリーベスト法律事務所 大阪オフィスの弁護士が解説します。
出典:「令和4年度統計年報」(大阪労働局)
1、転籍と出向の違い|似た意味の言葉についても解説
転籍と出向は、いずれも従業員を別の会社で働かせる人事異動ですが、法的な位置づけは異なります。まずは転籍と出向の違いを、似た意味の言葉と併せて正確に理解しておきましょう。
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(1)転籍とは
「転籍」とは、会社と従業員の間の雇用契約を終了させ、従業員が別の会社との間で新たに雇用契約を締結する人事異動です。「転籍出向」と呼ばれることもあります。
従業員の雇用主が完全に入れ替わるため、転籍は人事異動の中でも最も抜本的なものに位置づけられます。 -
(2)出向とは
「出向」とは、会社と従業員の間の雇用契約を維持しながら、別の会社で働かせる人事異動です。「在籍出向」と呼ばれることもあります。
従業員は、元の雇用関係を維持しつつ、出向先企業との間でも新たに雇用契約を締結します。つまり出向者である従業員は、出向元企業と出向先企業の両方に雇用されている状態となります。
なお、出向した従業員の給与その他の待遇については、出向元と出向先が調整を行った上で決めることになります。 -
(3)転籍・出向と似た意味の言葉|派遣・異動・左遷とは
転籍・出向と似た意味の言葉として、「派遣」「異動」「左遷」の意味を確認しておきましょう。
① 派遣
派遣元が雇用している従業員を、派遣元と派遣先が締結する労働者派遣契約に基づき、派遣先の指揮命令下で働かせることをいいます。
出向の場合は、従業員が出向先との間でも雇用契約を締結します。これに対して派遣の場合、従業員は出向先に雇用されるわけではなく、あくまでも雇用主は出向元のみです。
② 異動
「人事異動」を省略して表記したもので、地位・部署・勤務の方法などの変更を幅広く含みます。転籍や出向も異動の一種です。
③ 左遷
人事異動(異動)のうち、従業員をこれまでの地位・待遇よりも冷遇する方向で行われるものは、俗に「左遷」と呼ばれることがあります。
転籍や出向も実質的に左遷に当たる場合がありますが、それだけではなく、キャリアアップなどを期待した転籍や出向も盛んに行われています。
2、会社から見た転籍と出向のメリット
会社にとって、従業員を転籍または出向させることには、さまざまなメリットがあります。自社の状況に合わせて、メリットの大きい人事異動の方法を選択しましょう。
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(1)会社から見た転籍のメリット
会社が従業員を転籍させることには、以下のようなメリットがあります。
① 人件費を削減できる
転籍する従業員との雇用契約は終了し、賃金の支払義務がなくなるので、人件費の削減につながります。
② 社外とのパイプを強化できる
転籍した従業員が社外において活躍すれば、自社と他の会社の間の連携を強化でき、業績の向上につながります。
③ 企業グループ内の連携を強化できる
転籍は、グループに属する企業間で行われるケースもよくあります。この場合、転籍によって企業グループ内の連携強化が期待されます。 -
(2)会社から見た出向のメリット
会社が従業員を出向させることには、以下のようなメリットがあります。
① 人件費を削減できる
出向する従業員の賃金は、出向元と出向先で分担するのが一般的です。この場合、転籍ほどではありませんが、出向は人件費の削減につながります。
② 従業員に経験を積ませることができる
出向する従業員は、出向先で従来とは異なる経験を積んだ上で、出向元へ戻ってくることが期待されています。経験を積んだ従業員が戻ってくれば、会社のさらなる成長へ貢献してくれる可能性が高いでしょう。
③ 社外とのパイプを強化できる
従業員は出向先において、出向先の役員や従業員との交流を持つことになります。従業員が出向を終えて帰ってくれば、出向先とのパイプはさらに強化されるでしょう。
また、出向によって継続的に人材交流を行うことは、関係の深い他社との連携を持続化することにもつながります。
④ 企業グループ内の連携を強化できる
出向についても転籍と同様に、企業グループ内で行われるケースがよくあります。グループ企業間における人材交流は、日々の業務における連携の強化につながります。
3、転籍・出向における手続きの違い
転籍と出向のいずれについても、対象従業員は転籍先・出向先との間で新たに雇用契約を締結します。その一方で、元の会社と対象従業員との関係性は、転籍と出向で大きく異なります。
転籍の場合、転籍元と従業員の間の雇用契約は終了します。従業員との間で、雇用契約の解約合意書を締結しましょう。従業員の社会保険についても、転籍元から転籍先へ切り替える必要がありますので、双方の企業において必要な手続きを行いましょう。
出向の場合、出向元と従業員の間の雇用契約は継続します。その一方で、出向先との間でも雇用契約を締結するので、従業員は二重に雇用された状態となります。この場合、賃金の支払いや社会保険の取り扱いなどについて、出向元と出向先の間で調整が必要です。
実務上は、従業員・出向元・出向先の3間で出向契約書を締結し、その中で出向従業員の労働条件などを合意するのが一般的となっています。
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4、転籍・出向に関する注意点
会社が従業員を転籍・出向させるに当たっては、特に以下の各点に注意しましょう。
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(1)転籍には労働者の同意が必須|出向についても同意を得るのが望ましい
従業員を転籍させる際には、その従業員の同意を個別に取得しなければなりません。就業規則において転籍があり得る旨が定められていても、従業員の意思に反して転籍させることはできないので注意が必要です。
これに対して出向は、就業規則において出向に関するルールが明記されていれば、従業員の同意を得ずとも命じることができます。
ただし、人事権の濫用と認められる出向命令は無効です(労働契約法第14条)。同意しないままに出向させられた従業員は、出向命令の無効を主張してくるかもしれません。できる限りトラブルを避ける観点から、出向についても事前に対象従業員の同意を取得することが望ましいでしょう。 -
(2)出向では労働条件を維持するのが原則|転籍でも労働条件に配慮すべき
従業員の同意を得ずに命ずる出向では、会社側が一方的に労働条件を従業員の不利益に変更することはできません(労働契約法第8条参照)。したがって、賃金その他の待遇につき、少なくとも従前の水準を維持する必要があります。
従業員の同意を得て行われる出向の場合は、労働条件を従業員の不利益に変更することも可能です。
ただし、後に不本意であったとして出向の有効性を争われるおそれがあるほか、出向先における従業員のモチベーションなどにも関わりますので、基本的には従前以上の待遇を保障することが望ましいでしょう。
これに対して転籍の場合、転籍先における労働条件は転籍元における内容に左右されません。従業員と転籍先の合意に基づき、従前の労働条件にかかわらず新たな労働条件を設定できます。
ただし、あまりにも労働条件が悪化するような転籍については、従業員の同意を得られない可能性が高いです。スムーズに転籍を行うため、会社としては転籍先との調整を行い、転籍後の労働条件につき一定の配慮をすることが望ましいでしょう。 -
(3)転籍・出向時における有給休暇や退職金の取り扱い
転籍の場合、その時点で転籍元における有給休暇は失効します。従業員が転籍先において有給休暇を取得できるようになるのは、転籍から6か月間が経過した後です。
これに対して出向の場合、出向元との雇用契約は継続するので、未消化の有給休暇は失効せず引き継がれます。
実務上、従業員は付与済みの有給休暇を出向先においても取得できると解されていますが、出向契約書において取り扱いを明記することが望ましいでしょう。
退職金については、転籍の場合は雇用契約が終了する転籍元から支払われます(退職金の定めがある場合に限ります)。これに対して出向の場合は、出向元との雇用関係が終了しないので、退職金は支払われません。
5、まとめ
転籍では元の会社との雇用契約が終了します。一方で、出向では元の会社との雇用契約が継続します。特に出向では、出向元と出向先の間で労働条件等の調整が必要となる点に注意が必要です。
従業員を転籍・出向させると、会社にとっては人件費の削減や人材交流などの観点からメリットを得られる可能性があります。
ただし、転籍については従業員の同意が必須であり、出向についても従業員の同意を得ることが望ましいです。また、従業員の労働条件については、少なくとも従前の水準を維持するのが無難でしょう。
転籍・出向について従業員とのトラブルが生じた場合は、速やかに弁護士へ相談して対応を検討しましょう。人事・労務に関するお悩みやトラブルは、ベリーベスト法律事務所 大阪オフィスにご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています